熊谷高校の山岳部の先輩顧問がいつか秋山郷には鳥甲といういい山があるんですよと語ってくれたことがある。同じ言い方でかつて雨飾山を教えてもらって、感銘深い山行をしたことがある。今回もまたと期待が芽生え、次第に大きくなっていった。
秋山郷といえば、すぐに鈴木牧之の『北越雪譜』が浮かぶ。雪深い中津川で、淵に出ていた松の枝に籠の付いた縄を結んで水の上に下りて魚をとっていた猟師がいて、その妻が夫の身を案じて少しでも明るくと松明を綱の近くの雪に刺してやった。家に戻った妻はいくら待っても夫は帰ってこない。夫が下りたところへ行ってみると松明が綱を焼き切っていた。妻は半狂乱となって・・という、厳しい世界に生きる人たちの凄絶な姿が印象に残る。今でこそ志賀高原からの道が拓かれて抜けられるようになったが、かつては中津川最上流のどんづまりの集落で、落人部落の呼び名もあったという。なお五万分の一の地図では秋山郷から上流は魚野川となっている。土地の人がそう呼んでいるのだろうか。かの有名な魚野川とはべつである。水源は天空の人造湖野反湖だ。
先輩から話を聞いて20年も経った頃、最後の勤務校となった本庄北高校のPTAOB・OGの山仲間を語らって鳥甲山行がようやく実現した。
前日、塩沢ICから津南町に出、中津川を遡って秋山郷に入った。和山を拔け、最奥の切明で左岸に渡り、登山口まで車で入る。広い駐車場だが我々以外誰もいない。満天の星空をわれわれだけで占有した。
駐車場5:30ー09:00~10ー鳥甲山頂10:45~12:15ー白嵓頭14:10~30ー登山口16:25~45=雄山閣(入浴)16:50~18:00=塩沢(夕食)19:05~50=本庄21:30
黒々と立ちはだかる鳥甲に向かって出発する。急な登りは階段状の岩場になる。両手を使って階段を登ると、狹い足場ごとに30cmたらずの黑い蛇がながながと身体を延ばして朝日をあびて動かずにいる。階段のテラスごとに蛇がいるのだが、体が温まらないのだろう、動かないので無視して乗り越える。白嵓頭の先は、垂直に近い岩壁を登ったり、底の見えないほどの絶壁の縁をへつったり、すごい山だ。
往路5時間10分、ようやく頂上(2037m)に着くと気が緩んで1時間30分ものんびりしてしまった。私はもちろんビール・コーヒー付きである。
下りも慎重に歩を進めたため、登山口(980m)まで4時間10分かかっている。切明のひなびた温泉へという望みはかなわず、雄山閣という立派な名前の旅館で汗を流した。