ようやく雪山に出かけることができた。しばらく寒さが続いたので、雪が深いのではと覚悟して出かけたのだが、登山口からしばらくは溶けた雪が凍っていて、脇の雪を踏んでいかないとならないほどで、このところ降っていないようだった。
昨年末の肺炎後初めての山なのでうれしくてたまらない。ただ退院後1ヶ月で体重が7キロも減って(今は少し回復してきている)、体力に不安があり、ゆっくりと歩を進めた。天気は快晴無風、ミズナラの木立越しに澄んだ青空が広がり、雪山が輝いている。
いつもより少し時間がかかって稜線に出た。前回深雪に落ち込んで、ワカンのベルトが切れた近くだ。眩しく雪原が広がって、人影はない。今日は誰にも会わないままになりそうだと思うと、浦松佐美太郎の『たった一人の山』が浮かんだが、それと別の期待が抑えられない。前回私を導いて救ってくれたカモシカに逢えるのではないかという期待だ。あの時は足跡だけだった。でもあの時どこかから私を見ていて、最後に見かねて私を導いてくれたなら、今日もどこかにいてこちらを見ているはずという、確信のようなものが、次第に強くなってくる。
雪原の周囲は丈の低い松の疎林になっていて、そこに目を凝らしたのだが発見できない。確信は願望でしかなかったかと諦めて、最後の登りにかかろうと歩き始めて疎林に入ったときだ。左手の木立の奥、30mのところにちらと動く影が見えた。動悸が高鳴った。カモシカだ。目で追うとこちらへ出てくるではないか。しかも登山道の先7~8mのところで立ち止まってこちらをじっと見ている。あ、前と同じだと、私は興奮した。3年前、谷間で独活をとっていた私の横から飛び出してきたカモシカが、登山道に立ち止まって、「わたしを見て」とでもいうように、全身を見せたまましばらく動かずに私を見つめていたことがあった。その時とそっくりだ。しかも前回はしばらくしてゆっくりと歩いて姿を消していったのに、今回はいつまでも動かない。その眼差しはなんとも人懐かしそうで、「しばらくね」とでも言いたそうなのだ。私も動かなかった。というより、カメラを構えたりするとカモシカが逃げてしまうのではないかと恐れて、身動きできなかったという方があたっている。私たちはしばらく心の会話を楽しんだ。「昨年私を助けてくれたのも君だったのだろうか」などと問いかけたりした。

やがてカモシカはゆっくりと後ろを向いて登り始めた。とおもうとすぐ私を振り返って、「来て」というしぐさ。私はあわてて後を追うのだが、雪に足をとられてよろめいてしまう。「どうしたの」というしぐさで振り返りながら進む彼女のあとを追って、40~50mも歩いただろうか。今度は声に出して「おーい」とか「待ってくれ」とか呼びかけたのだが、立ち止まってくれない。距離が縮まらないので、初めてカメラに残さなければという意識が出てきて、何度かシャッターを押した。振り向いたときの姿が1枚も撮れなかったのがなんとも悔しい。ある一枚には逞しいおしりが映っている。
昨年と同じように、カモシカはかすかに残るトレースを辿ったので、私はほとんど新雪に落ち込まずに済んだのだが、もたもたしている私に業を煮やしたのか、あと少しで頂上というところで、ふっと右へ折れ、ブッシュの中に入っていった。あわてて右に折れ新雪に踏み込んでしまい、動きがとれなくなった私が目で追うと、落葉松の枝に首の辺りをこすり付けてから、ゆっくりと斜面をトラバースして姿を消してしまった。その後姿に、「いっしょに遊べないんじゃつまらない」とでも言っている様子がうかがえて、私は見捨てられたような寂しさに襲われた。
それにしても不思議な体験だった。カモシカの動きが前回とダブっていたばかりか、カモシカ自身が同じ個体であるように思えたのだ。昨年谷間で出逢った親子連れのカモシカは、このカモシカのような親しさを感じさせる目で私を見なかった。身じろぎもせずこちらをうかがった後、まず子どもを先に後方へ逃がしたあと、自分も足早にそれに続いて消えて行った。今日のカモシカはそれと違う。私に心を許して、私をいざなってさえくれた。私が一人歩く姿をどこかで見ていて、どこか惹かれるものがあるかのように、私の前に姿を現してくれた。どう考えても、私を知っているとしか思えない。毎年何度か訪れる私を覚えてくれているのではないか。そして私が危ないときは、さりげなく救いの手を伸べてくれ、今日のようにこの広い山域で、私を見つけて会いにきてくれる。それはもう友だちの関係ではないか。わたしは私の山と思える山に、私だけに関わってくれるカモシカがいるということに有頂天になって、心満ちて、山頂でビールを飲み、コーヒーをいれて至福の時間を味わった。