雪の中に泊るなんてと渋る同級生のMを、雪の中ではない雪の上だと説得して平ヶ岳行を計画し、片品役場に鳩待峠へのバスを問い合わせたところ、今年は雪が多くて開通は16日の予定という。平ヶ岳は断念せざるを得ず、代わりに30年前の雪辱戦をと皿伏山行に決めた。30年前の5月10日、妻と三平峠から富士見峠への外輪山登山を試みたことがある。初めから雪が降っており、皿伏への途中で猛吹雪となって動きが取れなくなった。夜となって目の下に見えた十字路の灯を目指して下って、途中の沢を腰まで水につかりながら渡渉してやっとたどり着き、危うく助かったことがあった。三平峠に戻るべきだったと今でも後悔している。
Mは学生時代スキー部にいて雪にはなれている。ただ山スキーは経験なくもちろん雪中幕営も初めてだ。幸い大清水まではバスが出ていた。

2000.05.04
本庄6:05=大清水8:45~09:15=一ノ瀬10:45~11:00-尾根(昼食)11:55~12:35-三平峠13:00~13:30-大清水平14:30(幕営)
関東平野は晴れていたが、大清水からは曇り、一ノ瀬近くで雨が降り出す。幸い大降りにはならず。一ノ瀬から1mの雪の上を歩く。22㎏のザックに付けた山スキーが樹の枝にかかって歩きづらい。九十九坂を終わって尾根に出た地点で昼食をとる。コンビニで買ったおにぎりと、ガスで沸かしたカップ豚汁。雨は細かい雪に変わる。登山者のうちスニーカー姿もちらほら。三平峠で他の登山者と別れて沼に下らずスキーを付けて大清水平へ直行する。殆ど平らな斜面を真西に向かう。50分ほどで突然ひろびろとした雪原に出る。少し早いが幕営。準備が終わって明日のルートの登り口を探しに出る。新雪はわずかで、スキーを付けると落ち込むことはない。雪の暑さは2mはありそうだ。直径4,5mほどのすり鉢状の雪面に雪解けの水がしみ込んだ跡が見える。
 
2000.05.05
7:15天場発-皿伏山頂9:30~11:00-大清水平幕営地11:30~12:40-一ノ瀬14:15~28-大清水15:08~30=鎌田・大寄居湯16:00~30=本庄19:45
山スキーにシールをつけて出発。楽な登りだ。シラビソの樹林帯を2時間余りで頂上へ。広々とした平地。目の前に至仏山が青空の下に美しく輝いている。笠ヶ岳がとがった頂を見せている。目の下には切れ込んだ崖のような斜面の底に緩やかな尾根が白尾山を経て富士見峠へ続いている。ここを降ったら登って来られまい。
Ⅿは斜面を見つけては滑っている。「少し休まないか」と声をかける。雪山の美しさを味わってほしいという気持ちだ。だが山の姿に興味を示さない。「こんなところでもたもたしたくない」との返事が返ってくる。「おれは少しもたもたしたいんだ」となだめてスケッチをする。
帰りは樹間を縫ってのんびり滑り下る。大清水平でテントを撤収し三平峠へ。ここから傾斜が急になる。Ⅿはひるまないが、私のスキー技術では樹間のステップターンは不可能だ。私はワカンに履き替えて下る。さすがに九十九坂からはⅯもスキーをはずした。その後は競走のように歩いて大清水へ。鎌田の銭湯が至福の安らぎの時間となった。

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